植物の形態形成過程におけるホメオボックス遺伝子の機能
玉置 雅紀
(名古屋大学生物分子応答研究センター 学振特別研究員)

 高等植物の形態形成は、胚発生の過程を終えても頂端分裂組織に代表される未分化な細胞集団において連続的かつ長期に渡って行われ続ける特徴を持つ。この過程は、我々が普段目にする植物の「かたち(葉、花、茎)」の形成に大きく寄与している。従って頂端分裂組織における分子機構を明らかにすることは、植物の形作りを理解する上で重要な問題である。頂端分裂組織における形態形成過程には、多くの遺伝子が複雑に関わっていることが予想されるが、近年、その過程において中心的役割を持つ遺伝子と考えられるホメオボックス遺伝子(KN1)がトウモロコシより単離された。これに続いて演者らの研究室でもイネよりKN1型のホメオボックス遺伝子を単離したが、これらはすべて単子葉植物における成果であり、双子葉植物ではこのタイプのホメオボックス遺伝子は単離されていなかった。そこで演者らはKN1型ホメオボックス遺伝子が双子葉植物における形態形成にどのような役割持っているのかを明らかにする目的で、タバコより複数のホメオボックス遺伝子を単離した。現在、茎頂及び茎cDNA ライブラリーよりNTH1, NTH9, NTH15, NTH20, NTH22 の5つの新規なクローン単離されている。これらのクローンの役割を明らかにする目的で発現領域の解析、形質転換体(過剰発現)に見られる表現型の解析を行った。その結果、単離したすべてのタバコホメオボックス遺伝子は、少なくとも展開した葉において顕著な発現が観察されず、このcDNAを葉において異所的に発現させてやると程度の違いはあるがすべて葉の形態を異常にすることが明らかになった。この事は、これらのホメオボックス遺伝子がタバコの形態形成に直接かかわることを示すものではないが、形態異常の程度とホメオドメインの相同性との間に相関が見られるという興味深い結果が示唆された。
 また、これらのうち比較的研究が早く進んだNTH15を用いて、in situ hybridization によりタバコの茎頂近傍におけるNTH15の発現を検討したところ、この遺伝子は1cm以下の葉原基(P1〜P5)下部の向軸側の細胞群に特異的に発現していることが確認された。また、同様な発現様式がNTH15プロモーターとGUSレポーター遺伝子との融合遺伝子を導入した形質転換体においても確認された。これらの結果より、NTH15は葉の向軸側(背側)の発達に何らかの関わりを持つことが示唆された。そこで、この遺伝子を35Sプロモーターの支配下でセンス及びアンチセンス方向に発現する形質転換体を作製し、それらの葉の形態観察を行った。センス方向のRNAを多量に発現させた形質転換タバコでは、主葉脈及び葉柄の伸長が全く見られない葉が形成された。これらの葉は葉身形成には全く異常が見られないため、結果として皺の入った丸い形態を示した。この様な葉の形態は、NTH15 遺伝子の背軸側の細胞群における異所的な発現により背軸側(腹側)の特徴である葉の縦方向への伸長が抑制されることにより生じたと考えられる。一方、アンチセンス遺伝子の導入により内生的なNTH15の発現が抑制された形質転換体においても葉の形態異常が観察された。これらに形成される葉では主葉脈の向軸側への隆起が観察された。この部分の形態を詳細に解析したところ主葉脈の向軸側への隆起は、葉の向軸側の細胞群の肥大によって引き起こされている事が明らかになった。すなわち、アンチセンス形質転換体の葉では導入遺伝子の発現により向軸側の特徴が消失し、背軸側の特徴である細胞肥大が向軸側の細胞群に見られるようになったことを示している。以上の結果は、タバコホメオボックス遺伝子NTH15がタバコの葉の背腹性の決定に関与している事を示すと同時に、葉の背腹性の決定が形態学的に葉としての特徴を持つ前、すなわちP1の葉原基において既に決定されている事を示している。
 現在NTH15において行った研究の流れを一つのモデル型として、他のホメオボックス遺伝子のクローンの解析を行っているが、その過程で生じてきたいくつかの問題点及び興味深い点(下記)について討論できたらと考えている。

1、アンチセンス法により植物の遺伝子の機能破壊は可能か?
2、クローンの過剰発現(センス)によってどのような情報がもたらされるのか?
  特にこの方法に関しては植物のホメオボックス遺伝子は面白い結果が出ている。
3、転写因子(今回はホメオボックス遺伝子)の標的遺伝子をどのように単離したらよい
  のか?

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