陸上植物における細胞分裂機構の多様性と進化
地球環境産業技術研究機構 植物研究グループ 嶋村 正樹 本講演では陸上植物(コケ,シダ,種子植物)でみられる微小管からなる細胞分裂装置の多様性について紹介し、陸上植物の細胞分裂機構の進化の系譜について議論する.コケ、シダ植物では、生活環の中で鞭毛を持つ精子を形成する過程に限り、中心小体を持つ中心体が出現する。この中心体は精原細胞の分裂において紡錘体の微小管形成中心として機能し、中心小体は鞭毛基部装置の一部へと変化する。また、一部のコケ植物の体細胞分裂前期の紡錘体極には、極形成体と呼ばれる、中心小体をもたない中心体様の構造が存在する。さらに、コケ植物と一部のシダ植物では、葉緑体が細胞内に1-2個しかない細胞が見られることがある。この細胞では、核の分裂に先立って葉緑体が分裂し、葉緑体表面から紡錘体が形成される。これら下等陸上植物に特徴的な細胞分裂装置について、動物細胞や藻類の中心体に存在し、微小管形成の場として機能していると考えられているγチューブリンの局在を調べた。
その結果、微小管形成中心の位置にγチューブリンが明瞭に局在することが明らかになった。これまでの種子植物のチューブリンの局在を調べた研究では、中心体などが存在せず、微小管形成中心の位置が不明瞭なこともあり、γチューブリンの微小管形成中心への局在を明確に示すことができなかった。今回の研究は、植物のγチューブリンも動物や藻類と同様、微小管形成開始点としての役割に関与していることを示している。
γチューブリンの局在パターンからみた下等陸上植物における多様な紡錘体形成様式は、藻類型から被子植物型に移行する様々な進化段階を反映しているようにみえる。初期の陸上植物は、植物に特徴的な表層微小管という新たな微小管系を発達させる中で、鞭毛を形成する時以外は中心体を形成しなくなったのかもしれない。その代わりとして葉緑体表面を紡錘体の極として使用していたが、1個の大きな葉緑体を持つ単色素体性細胞から、機動力を持った小さい葉緑体を多数持つ多色素体性細胞へ進化していく過程で、紡錘体の微小管形成位置は分散型に移行していったのではないだろうか。今後、下等陸上植物の細胞分裂様式の多様性をさらに明らかにしていくことにより陸上植物の細胞分裂様式の進化の系譜を追うことは可能であると考えている。