葉緑体へのタンパク質輸送機構とその生理的意義

岩手大学 21世紀COEプログラム 稲葉丈人 

 植物細胞に特有な細胞内小器官である葉緑体は、光合成など様々な代謝活動の場である。ほとんどの葉緑体タンパク質は核ゲノムにコードされているため、葉緑体での代謝活動は細胞質ゾルから葉緑体へのタンパク質の輸送により支えられていると言って過言ではない。2000種類を超えるタンパク質の葉緑体への輸送を支えているのが、葉緑体タンパク質透過装置Toc-Tic複合体である。この透過装置複合体は、受容体、チャネル、分子シャペロンなどの機能を持つと推測される様々なタンパク質により構成されている。しかしながら個々のタンパク質の機能については様々な仮説が提唱されており、作用機構については不明な点も多い。葉緑体へのタンパク質輸送機構の一端を分子レベルで明らかにするため、演者らは葉緑体内包膜の透過装置(Tic複合体)主要構成因子であるTic110タンパク質に着目し、遺伝学及び生化学的解析を行った。
 これまでにTic110の機能及びトポロジーについて三つの異なる仮説が提唱されてきた。そこで、これらの仮説を検証するため、様々な生化学的手法を用いて詳細な解析を行った。その結果、Tic110はN末の膜貫通ドメインと可溶性のストロマ側ドメインにより構成されること、可溶性ドメインは主にα-helixから成ること、さらにこのドメインが葉緑体移行シグナルに直接結合することを証明した。以上の結果は、「Tic110はストロマ内の分子シャペロンが前駆体タンパク質と相互作用するための足場を提供する」という仮説を支持するものであった。
 次に、Tic110の生体内での機能を明らかにするため、遺伝学及び生理学的解析を行った。まず、TIC110 T-DNA挿入株及び発現抑制株を解析し、Tic110が色素体形成に必須であることを明らかにした。Tic110発現抑制株を用いてウエスタンブロットを行ったところ、光合成関連タンパク質のみならず様々な葉緑体タンパク質の蓄積が減少していた。また、イムノアフィニティー精製により、Tic110は既知の全ての外包膜Toc複合体と相互作用していることが明らかになった。これらの結果は、Tic110が葉緑体移行シグナルを持つほぼ全てのタンパク質の輸送に不可欠であることを示唆している。次にTic110の各ドメインを欠失したタンパク質をシロイヌナズナで発現させ、Toc因子及びTic因子との相互作用を解析した。その結果、Toc因子との相互作用にはTic110ストロマ側ドメインが重要な機能を果たしていること、さらにTic110自身がオリゴマーを形成していることが明らかになった。これらの結果を踏まえ、葉緑体へのタンパク質輸送の分子機構について考察したい。

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