植物の「血のめぐり」を可視化する
- 植物ポジトロンイメージング技術を応用した研究の展開 -日本原子力研究所 高崎研究所 藤巻 秀
Positron Emitting Tracer Imaging System (PETIS)は、植物個体に供給したポジトロン放出トレーサの体内分布を非接触・経時的に観測できる装置である。これまで、H215O, 13NO3-, 13NH4+, H248VO4-, 52Fe3+, 107Cd2+などの経根吸収とそれに続く植物体中輸送の可視化、[11C]メチオニンの転流の解析など、様々な研究に利用されてきている。これらの核種には分単位の短い半減期を持つものも多いが、サイクロトロンを備えた施設の中でトレーサ製造と植物実験を並行することによって、むしろ半減期の短さを利点とする同一個体での繰り返し実験も可能となっている。特に、窒素の吸収・輸送の研究には、従来用いられてきた非放射性同位体の15Nに代わり放射性の13N(半減期10分)が利用可能である。
PETIS装置の最大の特長は、トレーサの植物体中の移動を動画像として得られる点にある。演者らは、これをオートラジオグラフの集積として定性的に利用することに留まらず、【2次元×時間】データと捉え、数理的動態解析によって物理的パラメータ(トレーサの移動速度、流路外への漏出の率)を定量的に求める研究を行なっている。これらのパラメータは植物の生理的パラメータ(篩管転流/蒸散流の速度、維管束から周辺組織へのunloading rate)を導くものである。一例として次のような実験を行った。ソラマメ個体の成熟葉一枚に通常空気と共に11CO2を与え、光合成産物が葉柄を経由し茎を根方向に転流する様子を撮像した。続いて、同一個体の同一葉に対し、大気の3倍程度(1000 ppm)の炭酸ガスを含む空気と共に11CO2を与え、同様に転流の様子を撮像した。両者の動画像データに対して伝達関数法による解析を行ない、茎の節間ごとに篩管転流の速度を推定したところ、高濃度のCO2を与えた場合においては茎中でほぼ一様に転流速度が上昇するという結果を得た。このように定量的な生理情報をポジトロンイメージングから得る手法は、医学分野のPET (Positron Emission Tomography) 利用においても試みが始まったばかりであり、演者らは植物研究分野での幅広い応用を目指している。元に戻る